牛肉の熟成をはじめます。

熟成肉。

僕のもう一つのブログ”フランスの7年半”を読んでいる方はよくご存知だとは思いますが、熟成肉とは、とても縁があり、僕にとって、とても思い入れのある食材です。
熟成肉の師匠は"ル・セヴロー”のウイリアム・ベルネーと“レガレヴー”のユーゴ・デノワイエー。
知る人ぞ知る牛肉のスペシャリストです。
パリで1,2を争う彼らの熟成肉に対する仕事を間近で見、教わってきたので、思い入れがあると同時に、自信のある技術。

それなのに、今まで熟成肉を扱って来なかったのには、ちょっとした訳があります。

クルティーヌをオープンする時には、はじめから熟成肉を使用していく予定でした。
当然の流れ。僕のレストランで熟成肉の技術を活かさないなんてアリエナイ。そんなのナンセンス(死語?)。とまでヤル気満々で、3年前、勢い込んで熟成肉用に冷蔵室を作ったものです。

しかし、オープンの3日前になっても15度までしか温度が下がらない。

“野菜室か!”と心の中で突っ込みをいれつつ、オープン初日から非常事態。
そこから1週間は、野菜しか入れられず、熟成肉どころではありませんでした。

当初28席あったクルティーヌ(いまはゆったりとスペースを取って、24席)。

ランチ、ディナー別々のメニューの為の別々の食材を準備して、種類もかなりある上に、28席分の量の食材を準備しておかなければならない。それらすべての食材の品質を維持する為の冷蔵庫が、家庭用冷蔵庫くらいの大きさのものが一つだけ。いま書いていても恐ろしい状況。

とんでもなく困りました。 
一応、クルティーヌにもオープン景気と言われる状況があって、お客様の数も少なくはない。よって、ほとんどの食材は、その日に仕入れ、その日に使い切る。 レストランの理想と言われる状況。”その日に作ったものをその日に売り切る”のでも大変なのに、”食材を使い切る”ところまで持っていかなくてはならない。食材管理と、サービスコントロール、料理コントロールの難易度が跳ね上がる。しかも、仕込をミニマムにしないと冷蔵庫に入らない。オーダーが入ってから作り、作ったものはすぐに、すべて、お客様のテーブルへ。これを実現しているお店はこの日本に果たして何件あるのか、というレベル。
それを慣れないオープン初日から、やらざるを得なくなって、もう必死。ここはフランスの田舎ではない訳で、もし食材が足りなくなっても、食材がその辺ですぐ手に入る訳でも、ご近所に買いににいける訳でもない。。 その代わり、ほぼその日に仕込んだものをその日に使い終わるのだから、お客様の反応はすこぶるいい。

それでもこのような綱渡りが、出来立てのレストランで続けられる訳がない。
急いで(必死で)業者に発注し、取り寄せてもらい、冷蔵の機械を丸々冷凍庫用の機械に置き換えて、悪夢の10日間の後やっと冷蔵室の温度が2度になる。(この冷凍庫用の機械はめちゃ高かった・・・)

色々なそんなこんなを乗り越えて、(内心もう新たな試みはしたくないと思いつつも)、ようやく熟成肉のことを考えられるところまできた。

オープンしたばかりで、すべてのことが、クルティーヌでの初めてのできごとな訳で、状況判断で取捨選択しながらマニュアル化していく。当時のメートル・ド・テルが、経験豊富な掛橋さん(フランスで有名な”カシェット”というレストランの支配人を勤めてる時にそのお店が一ツ星を獲得。)で非常に助かりました。

で、満を持したという感じになりましたが、いざ熟成肉をはじめようと骨付きのランプ肉(お尻の肉。適度な弾力と、赤身が多めの噛み締める程美味しさが出て来る熟成肉に適した部位)を発注。

そして、第二の落とし穴に足を踏み込むことになります。

2つ目の落とし穴は”盲点”。

熟成肉にする為の牛肉を発注する時に、やはり、欲しい牛肉の特徴や、部位、屠殺してからどれくらい時間が経過しているものが良いのか、配送の為のラッピング、配送の方法、など細かいところまで希望を伝え、お互いに納得したものを持ってきて頂けるよう打ち合わせをするのですが、僕がどうしても譲れないところが、業者から、現状ではその状態での入手は厳しいと言われてしまった。

それは、”肉に骨を付けたまま持って来て欲しい”というところだった。

当時、牛肉に関してとても厳しい世論があり、骨付きでの入手は困難を極めたのでした。
しかし、骨付きでないと、綺麗な熟成が不可能になる。


熟成はその過程で独特の風味をもたらす。それは、肉の中の酵素が働きかけ、タンパク質が分解され、ゆっくりペプチドやアミノ酸に変化していき、旨味が増すということ。
それに加え、骨をつけたまま行うことで骨の中の成分を肉が吸い上げ、更なる風味と旨味を引き出す。
骨には栄養価が高く、味が濃縮されている成分がたっぷり含まれている。ダシは骨を使うから美味しいし、骨を付けたまま焼き上げる肉も同様においしくなる。牛骨にはコラーゲン・コンドロイチン・ヒアルロン酸などが豊富に含まれるためです。

さて、これはよく言われる熟成の科学的な根拠。でももっと重要なことが他にある。
それは熟成の根幹を支える一番大切なこと。それを守らなければ、そもそも健全な熟成へは向かわない。


それは”地球には重力がある。”ということを”理解”すること。 


当たり前のことだけれど、忘れてはならない事実。意識しなくなりやすい事実。

ものを台の上におくと、下方に圧力がかかり、上部より、下部の方がその圧力は大きくなる。
これを柔らかい肉に置き換えると、屠殺し、筋肉の弛緩が緩み、熟成することによって柔らかくなってゆく牛肉にとって、圧力がかかる下方は致命的な影響を受ける。
その塊が大きければ大きい程熟成には適するけれど、圧力のかかる下部の被害が甚大になるという反比例。
ようするに、置いているだけで、設置面に近ければ近い部位程、筋繊維が潰れてゆく。上下を定期的に変えても、潰れていくのはさけられない。仮に、骨付きのものでも、骨を下にして寝かせているようでは大差はない。

ではどうするか。


”吊るす”のです。
そう、海外の肉屋を見れば一目瞭然。
吊るすことにより、今度は重力のおかげで筋肉が引っ張られる。そして、引っ張る分には、筋繊維は相当に強い。
でも骨がなければ吊るす為の紐を通す場所や、かぎ爪を通す場所からちぎれたり、腐敗したりする。
だから、骨にかぎ爪を引っ掛けて、吊るす。それでも、吊るしていればいつかは筋繊維はちぎれる。けれど、骨が肉の大部分とくっついているような塊なら(例えば今回のランプ肉)、その圧力は分散され、ちぎれる程の圧力が一カ所に加わることはなくなるし、そういうように骨を残しながら外側の熟成の進んだ部位や、柔らかく、熟成の早い部位から取り外し、使用してゆく。

そう、重要なのは、骨を付けたまま熟成させつつ、部位による熟成の違いを見極め、熟成のピークに達した部位を、そこだけを切り離し、使用してゆくということ。
必要な部分だけを、筋肉を傷つけないよう的確に筋の入っているところへ庖丁を滑らせて取り外す。
だから、吊るしながら部位ごとに切り離してゆく。
最後に残るのは骨だけになる。


また別の視点では。
熟成において、肉のすべての周囲は適度な冷気にさらされ、乾燥し、固まることにより”壁”を作ることが重要となる。(この視点でも、吊るさない直置きは、設置面が蒸れるし、筋繊維が潰れて血液が滴り、外気に触れたその血液が腐り、腐敗を招くうえ、乾燥を邪魔し、壁が作れない。)その壁は時間が経てば経つ程に厚くなり、強度が強くなる。(突き詰めると、肉を置く場所、風の当たり具合で変わる。布などを使い、その乾燥の加減すらコントロールする。蒸れないように。しかし、乾きすぎないように。熟成が早く進みすぎないように、かといって、遅いと腐る。熟成の進むスピードが適正でも、熟成のピークのその一点を過ぎてしまうと、そこからは腐敗へ進む。肉や、部位や、その環境によっても理想の熟成期間は異なる。)

表面上は乾燥しすぎているようにも見える。が、熟成の最高の状態になった時にそこをはがすと、素晴らしい牛肉が姿を見せる。

もちろん固くなった壁のところは食べられない。空気に触れ味も抜け、水分は内部と外部に取られ、しかも冷蔵臭くなる。美味しくない。
なので、ここは泣く泣く処分するしかないのだけれど、その残念さを補ってあまりある味わいが、その内部に現れる。
だから、熟成肉は歩留まりが悪い。乾燥してしまい、色が変わってしまったところはすべて捨てる。
それが時間をかけた理想的な熟成肉になればなるほどに、顕著に現れる。

大切なのは、その壁の役割を骨にも担ってもらうということ。
元々食べられない骨。捨ててしまう骨に、最後の最後まで肉に寄り添ってもらい、壁となって、内部の美味しい肉を守ってもらう。

この手間と、技術と、その肉に取られる場所代と、単純に食べることの出来る肉が減ってしまうという歩留まりとで、本物の熟成肉はとても高価になるし、またその価格に見合う価値となる。

では、どうすれば、出来るだけ安くお客様に食べて頂けるか。
それはやっぱり、第3者(業者)にまかせず、自分で作るということと、骨付きで熟成させることにより、肉の表面を骨でプロテクトさせ、乾燥してゆく表面積を少なくすることによる、ペルデュ(失うこと、捨てなければならないこと)の軽減。


だから、骨付きでなくてはならないというのは、どうしても譲れない。


まさか、フランスで当たり前すぎて、気にもしていなかったことが、日本での足かせになるとは思わなかった。

それで、3年間、時を待ち、今回ようやく、ほんとうにやっと、懇意にして下さる方のおかげで、理想の牛肉が仕入れられることとなった。


さて、3年越しの熟成肉。始動します。 ちなみに、このお肉は屠殺が6月3日なので、この大きさと環境ならまずは熟成のピークを3〜5週間後に持っていこう。

6月24日から提供を始めます。


追記(2014年12月4日)

熟成状態が今日(12月4日)で120日を超えました。フランスでは4週間〜8週間で提供していたことを考えるとその倍以上の熟成期間となります。
フランスで当時教わった教えの中で、肉を熟成させていく過程において一番気をつけなければならないのは”脂だ”と言われた事があります。肉は脂を食べると一目瞭然。その香り、質感、舌触り、味わいで、すぐわかります。
脂の部分から、黒カビがはえてしまったり、腐敗が始まり傷んでゆくので、和牛のような霜降りの入った肉はより神経を使わなければならない。脂が腐敗すると、腐敗菌が、脂を伝って、肉の内部まで入っていく。それが霜降りともなれば、菌は筋繊維のどこへまでも入っていけるだろう。そこへ加えて日本の湿度だ。何でもすぐ腐る日本のそれは湿度が大きく関係しているわけで、霜降りという菌にとってアドバンテージのある和牛と湿度のコンボ。それを腐敗させずに熟成させるのは非常に難しい・・・どころの騒ぎではないだろう。脂が痛んでゆくのを、手入れによって、防ぎ、または遅らせていったとしても、その熟成における期間は確実に短いものになるだろう。だから熟成には向かないんだ(日本でやるならなおさらのことな)。

と、熟成の師であるウィリアム・ベルネもユーゴ・デノワイエも、2人揃って否定的だった。何より、和牛というのは、熟成によって得られるはずの柔らかさと、肉の旨味(脂由来)を熟成とは別の角度から突き詰めて、巧みな飼育の技術により、肉に内包される脂の霜降りを極めたもの。熟成させて初めて得られるとされたメリットを屠殺した時既に得られているという日本が世界に誇る驚きの技術だ。その肉を使って、なぜわざわざ熟成させる必要があるのか。

確かにそのとおり。と、当時僕も頷いたものです。

でも、熟成肉の香りと旨味は、和牛のものとはやはり別もの。もちろん和牛も素晴らしいし、その技術には、いち日本人として誇りに思っている。しかし、自分の店がフランス料理で貫くならば、そこもやはりこだわりたい、フランスで使っていたような熟成肉を使った料理を日本のお客様に振る舞いたい。

その思いを胸に秘め、いざ自分の店を開くべく日本に帰ってきて、熟成肉をはじめようとして、まず困ったのは肉の品質だった。(骨付きが手に入らないという問題が起きたのは、この頃からだいぶ後。)
僕は、フランスに7年以上滞在し、いろいろな事を学んで来たけれど、逆に日本の流通に疎くなってしまったことにここで初めて気付いた。実際フランスでの方が精通しているし、頼れる師匠もいる。ウイリアムやユーゴが使っていたような熟成に適した肉が、日本で、どこへ行けば手に入るのかが分からなかった。帰国したばかりで、六本木でシェフを任されていた頃。日本中にある素晴らしいと言われる畜産農家の方々のもとをまわり、牛を一頭一頭見定めて探している時間なんて僕にはなかった。35歳で店を開ける。フランスに渡る前から決めていたこと。フランスでもそこから逆算して、それぞれの職場で必死に経験を積んで来た。そして35歳になる一ヶ月前(2010年12月18日)に僕は完全帰国した。さあ、ここからの一年で店を開くぞと固く誓い、店の候補地や、調理機材の店をまわる。そんな中で、最高の赤身肉を求めてオーストラリアや、アメリカへ渡るなどおおごとすぎる。不可能。僕には、お金も時間も、日本での食品の流通事情に秀でた友人もいない。頼れるのは、自分の経験と、知識だけだった。
まずは、肉を食べにいこう。日本の牛肉事情を肌で知りたかった。
六本木の店で取引のある肉屋に熟成肉の話をし、それに適しているだろうと持ってくる肉を見る。業者も、熟成には赤身がいいらしいとは知っているらしく、赤身を持って来るがピンと来ない。熟成肉の有名なお店へも食べにいった。熟成肉の日本の本も読んだ。これじゃない。それでもない。いつも思っていた。聞く人聞く人に熟成に適する肉は赤身だと言われ、それは分かるがこの肉じゃない。
だんだん、自分がおかしいのではないかとすら思えてきた。

何が違うのだろう。違うと思えても、”なにが”かは、分からなかった。フランスで、ウイリアムの横で見てきた肉と何かが違う。色、もちろん違う。質感、もちろん違う。
違うと言うか、劣ってると見える事が問題だった。
きっと、違ってても、いいと思う肉はあるはずだった。でも、そんな肉がなかなか現れない。そこから何を探せばいいのか。悩み、考え、時間がかかって、やっと言葉にできる日が来る。

僕にとって、その時点で知りえた日本の赤身肉(きっとまだまだ無知な僕の知らないところでは素晴らしい肉があると思います)を言葉にすると、”痩せて”いたのだった。

やっと違和感を言葉にできた。
赤身肉=脂の少ない肉=引き締まって、余分な体脂肪がない肉とみんなが考えているみたいだった。
僕が欲しいのはそれじゃない。丸々太って、体格のいい、引き締まっているけれど筋繊維に脂が細かく入っている、そんな肉。それが、なかった。いや、きっと、どこかにある。でも、日本の食肉の流通に全くツテのない僕にはきっとその肉を得るまでもう10年はかかるだろう。そう思った。
そんなことしてられないんだ。そんな事してたら45歳まで店を開けられないの?結婚なんて当然出来ないだろう。僕は何歳になれば自分の子供を抱けるのだろう?果たして抱けるのか?

そこで、僕がとった方法は、赤身肉を探すという無理を捨てようという選択。そもそも、なぜ赤身じゃなきゃいけなかったのか。
周りの全ての人が赤身肉の方がいいと言う。はい。僕もそう思う。だけれど、僕が思い描くのは、フランスの、ウイリアムや、ユーゴが使っていたトップクラスの赤身肉であって、日本のその辺にあるような赤身肉じゃあない。きっと日本のトップ(熟成に最高に適した)の赤身肉は凄いのかもしれないけれど、今の僕にはそこへ辿り着く道が見えていない。それならば、どこへゆくか。行く先を変えるしかないじゃないか。 日本の誇る技術、和牛の系譜から、ウイリアムや、ユーゴが使っているような理想の熟成の為の肉が見つかるかもしれない。そう考えたのでした。

そこからは早かった。

和牛系を探し始める前の頃は、当時の肉屋さんにとって全く専門外の「熟成肉に特化した赤身肉」などと、「どこが特化してりゃーいいんだい、ハイソウデスネワカリマシタ」という具合で、まるでノラリクラリされるばかり。
でもよくよく考えればそうもなるわけで、海外の熟成を見てきた僕にしか分からない肉の特徴を、こんな感じ、あんな感じと曖昧に伝えていて、しかも僕自身どう伝えれば分かってもらえるか手探り状態でやっていて、それで探せなんてそりゃ無理なわけで、本当に申し訳ないと当時を反省しております。

そして、逆に、日本の誇る技術、和牛の系譜から探そうと気付いた後、僕の方が頭を切り替え、こんな肉の和牛系が欲しい、こうじゃなくてもう少しこういう感じの和牛系、なんて言うようになると、そこはさすがに得意分野とみえて、すぐに当たりを付けて探しだしてくれた。こうして、いま、クルティーヌでは、和牛系(詳しくは書けませんが)を選択しています。

さて、ここからがやっと始まり。
ここからは手探りの熟成が始まります。
フランスでたくさん習ってきたし、見てきたし、自信もあるけれど、和牛系じゃなかった(フランスに無いし。)。 怖い。 すぐ腐るのかも。 一個の熟成肉の塊を腐らせてしまった時の損失を考えると・・・(電卓)・・・いや、考えないようにしよう。手に持った電卓は打たずに置いた。

それが、2014年6月(このブログの頃)に熟成肉を始めた頃の僕のもう一つの本心。 熟成に関しては、人に負けない自信はある。出来るはず。フランスでは4〜8週間の熟成だった。それならば、短くなると言われる日本でならばきっと4週間くらいだろう、和牛だから腐るのが早いらしいし、3週間くらいの熟成でまずは様子を見るべきか、などと日々せわしなく考える。3週間経ち、いっぱしに熟成の香りが漂ってきた時の喜びはここで書く迄もない。それは、当時のブログからも分かると思います。

ヒヤヒヤしながら、慎重に熟成を進める日々。まだいける。もう少し先へ。まだ大丈夫か?そう繰り返し、毎日肉と語らいながら営業を続ける。
そんなこんなで、気付いたら10週を越えた。
あれ? おかしい。 フランスより熟成は短いはずなのに。しかも和牛系を使っているのに。

なぜ? 分からない。僕の味覚がおかしいのか?

でもお客様も旨い、美味しいと舌鼓を打ち、僕も絶対に旨いと思う。
そんな時に、一人の常連様に頂いた言葉。
「この間100日熟成の熟成肉を使った料理を食べてきて、最高でした〜」
と。
まさに目から鱗。

8週だの10週だので、一喜一憂していたのにその二倍近く?

そのシェフに出来て、僕に出来ないはずがない(自信過剰)というわけで、そこからは100日熟成を目指す事となりました。
頼れるのは自分だけ。自分の感覚を信じ、妥協せず、一切を見落とさず、熟成を管理してゆく。

そして、11月9日のウイリアムの来店で、晴れて、ウイリアムからのお墨付きを頂き、それまで自分の心にあった一抹の不安、心配が一息に吹き飛び、大きな自信となったのでした。
ちなみに、脂でそのコンディションが分かると、その昔、僕に教えたウイリアムのそのお墨付き時の言葉は、「カズ、おまえのこの熟成肉、これは素晴らしい。脂を食べてみろ。ここだよ、ほら、旨い。まるで骨髄みたいだろう」でした。フランス料理に携わるものとして、最高の褒め言葉でした。

そして、今日は、とうとう120日熟成。非常に神経をすり減らし管理する日々。僕にとって、まだ見ぬ子供を育てているような、そんな気分(ちょっと大げさかな)。面倒を見れば見るほど、美味しく食べて頂きたいと努力したくなる。そこに気持ちがどんどん乗ってゆく。その熟成肉の塊から注文の入った一人分の肉を切るタイミング、周りの壁を落とす時の感動と、気遣い、塩をあてる場所、タイミング、焼く方法、焼き加減、オーブンの温度、時間、取り出して肉を休ませる場所、温度、時間、皿の上に一緒にのるもの・・・・・。 全てに一層心を配りたくなる。ひとたびそうなると、その気持ちは他の食材へも波及し、今日、触るすべての食材に対し、以前よりも優しくなった気がします。


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by courtine | 2014-06-16 20:06
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