縁の下の力持ち

今回はクルティーヌの料理に多大に貢献している名脇役達を紹介します。

まずは、料理の真髄となる、”ビヤン・アセゾネ・ビヤンキュイ(良い下味と良い火入れ)”に必要不可欠な役者から。


・フルール・ド・セル・ド・ゲランド (塩)

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大西洋に囲まれたブルターニュの半島(フランスを大雑把に星形に見た時の左手のあたり)の南側にあるゲランドと呼ばれる、様々な野鳥達が集まる場所。
ゲランドの塩職人達は、この地で1000年以上も先祖代々から伝わる製塩法をかたくなに守っています。
干潟の高低差によって塩田に海水を引き込み、太陽と風邪の恵みだけでゆっくりと結晶にする塩。いろいろと海のエキスが含まれる為、滋味豊かな証となるわずかに灰色を帯びた白。
収穫後、さらさらに保つ為の個結防止剤は一切添加されていないので、わずかにしっとりと水分を含んでいる。

塩田の水面に最初に浮かぶ小さな白い結晶(静かに浮かんでいるので、ひと雨降っただけで台無しとういう儚さ。)を“花びらを摘むように”手作業で丁寧に収穫した希少な塩。そこから「フルール ド セル(塩の花)」という名で呼ばれるようになったそうです。


・ソニエ・ド・カマルグ ベルル・ド・セル(塩)

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地中海を望むローヌ河口のデルタ地帯カマルグ西部にある、"エグモルト Aigues-Mortes"。
その塩田で作られるカマルグ産の塩は土壌の性質のおかげで、精製していないにもかかわらず、美しい純白色です。
こちらでは最初に塩田の表面に現れる物を『ベルル・ド・セル(塩の真珠)』と呼び、生産者は『ソニエ(塩を作る人)』と呼ばれます。

カマルグを訪れると、スペインに近いので、トロ(闘牛)を見れたり、野生のフラミンゴの群れがいたり、真っ白な白馬がお出迎えしてくれる、非常に美しい湿原が広がる場所でした。
ちなみにこのあたりの海は、うっすらピンク色に見える事があります。プランクトンや、小さな海老が沢山集まってそう見せるようで、「だからそれを食べるフラミンゴはピンク色なのだよ!(ホントか?)」だそうです。

さて、
・ブルターニュ地方のゲランド
・ゲランドの南に位置し、同じ大西洋岸のイル・ド・レ(レ島)
・プロヴァンス地方のカマルグ
と、フランスの著名な自然海塩の産地は3つあります。

ゲランドのフルール・ド・セルは、
びしっと鋭角。それでいて真の太い塩味ベースで、にがりを良く感じる。苦味、こく、甘み、鼻を抜ける海の香りが全体を柔らかい印象にする。なんかバリっぽい。洗練された感じ。

一方、カマルグのベルル・ド・セルは、
丸みのある、それでいて重心の低い塩味ベースで、苦味、こく、甘み、鼻を抜ける海の香りが全体を柔らかい印象にする。海の味をそのまま凝縮させた感じ。なんとなく田舎っぽい。のどかな感じ。

イル・ド・レのフルール・ド・セルも美味しいですが、ちょうどゲランドとカマルグをたして2で割った感じの味わい。なので、今のところ当店では使っていません。

塩の味は収穫する職人の腕によっても微妙に異なります。今使っているゲランドの塩はレコルト・マニュエル氏の物、カマルグの塩はパトリック・フェルディエール氏の物。


フルール・ド・セルは、その価値を十二分に発揮させるため、料理の最後に必ずふります。 
野菜等はカマルグの塩。肉や、魚は基本的にはゲランドの塩と、使い分けていますが、仕上がりのインスピレーションによって、少し変わる場合もあります。

やはり、きちんと意味を持って塩を捉え、扱うだけでも味わいや印象が大分違います。料理に不可欠な塩がもたらす影響は、料理の根幹にかかわると考えているので、フランス料理である限り、フランスの塩を使うようにしています。

そう、根幹といえば、その料理がなぜフランス料理と言えるのかという定義について、よく自問自答します。それは、
”フランスの技法を使ってるから”
ということだけでしょうか。

考える時に、立場を逆にして、”外国人が作る日本料理を、それはなぜ日本料理だと言えるのか”と置き換えて考えればすこし分かりやすいように思います。

日本料理とは、日本料理の技術を使って料理しているからというだけではやはり物足りない。
ではなにが日本料理と言えるのか。
きっと、いろいろなニュアンスが密接に絡み合っていて、言葉で定義するのは非常に困難なのだと思います。

しかし、それを納得させる方法はあります。

その方法とは、”日本人が食べて、それを日本料理だと認めるかどうか”です。

食は文化。その民族の感性です。その文化を一番良く知る、その文化の中で生活している人が感性によって太鼓判を押す。これ以上の説得力はないですね。

日本に来たこともなく、書物を見ながら勉強し、外国人が料理長を務める日本料理店で経験を積んだ料理人の料理を本当の意味で日本料理といえるだろうか。
それだけでは足りないと思います。日本で直接、自然環境、食文化に触れ、ある程度長い時間を過ごし、考え方、理解の仕方が、文化が、無意識に体現出来るようになって初めて、外国人でも、日本人が食べて納得する日本料理を作れる可能が生まれてくるのではないか。
そうして、自信を得て、日本国内で日本人に日本料理として提供し、対価を獲得した上、日本料理だと太鼓判を押されてはじめて、外国人が料理人として、プロとして、”日本料理を作れる”と言い得るのだと思います。

ここまで料理を追求すれば、必然的に、塩を軽んじることもないわけです(僕の個人的な感覚です)。なぜなら、海外旅行した人なら分かると思いますが、海の味は、それぞれの海によって違う味がします。塩分含有量や、生息する微生物など、気候風土による影響でとても様々な違いが現れ、最終的に味わいが変わってくるのでしょう。
特に日本は海に囲まれ、塩分というのは、いたるところに存在し、日本の大地、食材すべてに影響を与えています。この塩(ミネラル)が、日本らしい味にさせているのだと感じます。

その他にも、空気中に漂う天然の酵母も国によって違います。フランスのワインの香りは、フランスに浮遊する天然の酵母が大きく影響を与えあの香りにしているし、また日本のワインも然りです。

こういう様々なことを真摯に考えると、先に書いた、技術、考え方(料理哲学だけにとどまらず、フランス文学、思想など)や価値観、文化を、現地でフランス人とともに生活し、深くかかわり合い思想や哲学を共有するという実体験を元にした理解によって、得る、もしくは裏付けることが必要だと分かります(言い切っていますが、僕の個人的な感覚です)。そして、塩や、料理酒、発酵食品をフランス料理に使う場合は、フランス産の物でなくてはならないと考えられます(基本的にです。一度フランス料理をプロとして作れる料理人になったあとは、その応用の範囲(フランス料理に他文化の風を加え、より高いレベルのフランス料理を求める意味)で、多いに使っても良いと思います。)。
その根幹さえしっかりしていれば、主食材を日本の産物にしたり、フランス料理に日本の文化を取り入れアレンジしてもそれは応用なのだと理解しています。

(ここからは自分語りで分不相応な自惚れのように聞こえてしまうことを心配にはなりますが、)

僕は、非常に恵まれた出会いや運命によって、フランスの、パリとポー(南仏)2つの店で計3年間シェフとしてフランス人に料理を提供し、

「カズの料理は、日本の個性を生かした純然たるフランス料理だ」

とたくさんの現地の人々にお褒めて頂いて、たどり着いた結論です。

なにより、作る料理がフランス料理だと認められていなければ、フランス人オーナーやオーナーシェフが、外国人にシェフを任せる理由がない訳で、1つ星を持つオーナーシェフ、イヴ・シャルル(パリ)と、世界最年少3つ星シェフソムリエの記録を持つ名ソムリエ、ジャンパスカル・ロヴォル(ポー)に認められ、シェフを託された事実は自分の誇りであり、大きな自信になっています。


長くなりましたが、すべてをふまえてもう一度、

”ビヤン・アセゾネ・ビヤンキュイ、(セ・トゥ)<(料理とは)良い下味と良い火入れ、(それだけだ)>”

という言葉に立ち返ると、核心をシンプルに言い表した素晴らしい言葉だとわかります。

ちなみに、この言葉は、僕の師であるイヴ・シャルル(ラ・メゾン・クルティーヌ 初代オーナーシェフ)がよく使っていた言葉。
哲学的で合理的なイヴという人をよく現している言葉です。

塩だけで長くなってしまいました。

次回は胡椒。
by courtine | 2014-02-20 21:21 | クルティーヌの食材
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